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大阪地方裁判所 平成7年(ヨ)435号 決定

債権者

全日本港湾労働組合関西地方阪神支部

右代表者

藤本弘和

債権者

足立賢二

右債権者ら代理人弁護士

伊賀興一

債務者

阪神高速道路公団

右代表者理事長

大堀太千男

右債務者代理人弁護士

畑守人

中川克己

債務者

阪神交通管理株式会社

右代表者代表取締役

藤岡格

右債務者代理人弁護士

竹林節治

福島正

松下守男

主文

一  債権者全日本港湾労働組合関西地方阪神支部の申立てをすべて却下する。

二  債権者足立は、債務者阪神交通管理株式会社が平成七年二月一〇日付でなした配転命令に従って同債務者の第二交通管理部(西淀川交通管理所)の業務に従事する義務のないことを仮に確認する。

三  債務者阪神交通管理株式会社は、債権者足立に対し、金三二万四〇五五円を仮に支払え。

四  債権者足立のその余の請求を却下する。

五  申立費用は、債権者全日本港湾労働組合関西地方阪神支部に生じた費用及び債務者阪神高速道路公団に生じた費用はすべて債権者全日本港湾労働組合関西地方阪神支部の負担とし、債務者阪神交通管理株式会社に生じた費用について二分し、その一を債権者全日本港湾労働組合関西地方阪神支部の負担とし、その一を債務者阪神交通管理株式会社の負担とし、債権者足立に生じた費用については債務者阪神交通管理株式会社の負担とする。

理由

第一申立て

一  債権者ら

1  債権者全日本港湾労働組合関西地方阪神支部の申立て(申立て一)

債務者らは、債権者全日本港湾労働組合関西地方阪神支部(以下「債権者支部」という。)との間で、債権者支部が申し入れた左記記載の交渉事項についての団体交渉に誠意をもって応じなければならない。

(一) 債務者阪神高速道路公団(以下「債務者公団」という。)の被災状況を踏まえて、交通管理業務の復旧までの暫定措置の要否、内容。

(二) 右各場合及び今後の交通管理業務における本件労働基準法違反状態の解消のための具体的手だて。

(三) 西淀川勤務の労働条件と四ツ橋・西淀川勤務の振り分け、ローテーション等の基準について。

2  債権者足立

(一) 債務者阪神交通管理株式会社(以下「債務者会社」という。)が、平成七年二月一〇日付で債権者足立に対してなした第二交通管理部勤務を命ずる業務命令(以下「本件配転命令」という。)の効力を仮に停止する(なお、右債権者の申立は、債権者足立が債務者阪神交通管理株式会社がなした右配転命令に従って同債務者の第二交通管理部の業務に従事する義務のないことを仮に確認することを含むものである。申立て二)。

(二) 債務者会社は債権者足立に対し、金四五万五九一五円及び平成七年五月以降債権者足立を右債務者会社第一交通管理部主任として就労させるまで毎月二五日限り金三一万一七九一円を仮に支払え(申立て三)。

3  債権者ら

債務者会社は、別紙1記載の平成七年二月六日付及び同2記載の同月一一日付の「一日の標準勤務」と題する交通管理部社員の勤務時間割(以下、平成七年二月六日付時間割を「本件時間割一」、同月一一日付時間割を「本件時間割二」という。)についての業務命令の効力は仮に停止する(申立て四)。

二  債務者ら

1  債権者らの本件申立てをいずれも却下する。

2  申立ての費用は債権者らの負担とする。

第二事案の概要

一  前提となる事実(争いのない事実及び疎明資料により認定できる事実)

1  当事者等

(一) 債権者足立は、債務者会社が設立された当初からの従業員であり(〈証拠略〉)本件配転命令を受けるまで、債務者会社の第一交通管理部に所属していた。

債権者支部は、阪神間の港湾、運輸関連労働者等で組織された産業別労働組合である。債権者支部は、昭和六三年一二月一四日、債務者会社に雇用され阪神高速道路における交通管理業務に従事する交通管理部社員二〇名によって同支部阪神交通管理分会を組織されたものであるが、その後、組合員は、債権者支部を脱会し、現在は、債権者足立一人が組合員となり、同人が、債権者支部交通管理分会長である。

(二) 債務者公団は、大阪市及び神戸市の区域並びに京都市の区域のうちこれらの都市の区域と自然的経済的社会的に密接な関係がある地域並びにそれらの地域の間及び周辺地域において、その通行について料金を徴収することができる自動車専用道路の新設、改築、維持及び修繕その他の管理を総合的かつ効率的に行うこと等により自動車専用道路の整備を促進して交通の円滑化を図り、もってこれらの地域における都市の機能の維持及び増進に資することを目的とするものであり、昭和三七年三月二九日公布の阪神高速道路公団法により同年五月一日設立された公益法人である。

(三) 債務者会社は、債務者公団から交通管理業務の委託を受け、同公団業務のうち、交通管理業務及び高速道路の料金徴収業務等を担当する目的で昭和六二年一月二〇日設立された会社である。

(四) 債務者会社は、設立直後、昭和六二年二月一日に、昭和五七年八月一日創立の財団法人阪神高速道路協会の交通管理部「交通管理隊」の組織の移管を受け、「交通管理隊」とし、その後組織変更されて第一交通管理部及び第二交通管理部と呼称されるに至った(〈証拠略〉)。現在債務者会社においては、各交通管理部を担当する従業員については、「隊員」という呼称を止め「社員」と呼ぶようになっている。債務者会社の従業員は現在役員を除いて一九六名存在し、そのうち交通管理部社員は債権者足立を含めて七六名いる(〈証拠略〉)。

債務者会社の交通管理業務とは、「道路の交通の阻害要因となる交通事故、故障車両及び法令違反車両等を早期に発見、除去するなどして、常に安全円滑な交通を確保する業務」をいう。具体的には関係諸機関に必要な連絡等を行うことを業務とする「管制業務」と、道路上で交通の円滑な流れを確保するための「機動業務」、規則違反の車両等の取締り(ただし、法律上の権限の問題で補助に止まるものもある。)を担当する「取締業務」がある。さらに、警察の暴走族規制の援助(以下「規制業務」という。)も含まれ、これは、取締業務に入る。なお、債務者公団から債務者会社への要処理事案の発生による出動要請がある場合には、第一交通管理部が債務者公団との窓口であるために、同交通管理部へ連絡がなされる。そのために、第一交通管理部社員の出動が多くなされ、第二交通管理部社員の出動要請は例外な場合となる。第一交通管理部は、債務者公団の四ツ橋交通管理所内に、第二交通管理部は、同公団の西淀川交通管理所内にそれぞれ配属され交通管理業務に従事している。第一交通管理部は、巡回と規制業務を、第二交通管理部は、巡回と過積載車の取締りを担当している。巡回は、阪神高速道路環状線、同池田線、同守口線、同東大阪線、同松原線、同大阪港線、同堺線、同西大阪線及び同神戸線の大阪側を行っている(〈証拠略〉)。

なお、交通管理部の勤務時間は、定期巡回時間、事案発生に対する出動勤務時間、待機時間及び休憩時間に区別できる(〈証拠略〉)。債務者会社では、休憩時間について就業規則により、日勤勤務者においては、原則として一二時から一三時と定め、交替勤務者においては、一時間を下らない範囲において勤務時間割により定めるとしている(〈証拠略〉)。このような交替勤務における休憩時間の就業規則による固定化を回避したのは、いつ発生するかもしれない債務者公団の債務者会社に対する交通管理部社員への出動要請に対応するために、柔軟に休憩時間等を運用する目的でなされたものである。

2  本件時間割一及び二が示され、債権者足立に対する本件配転命令を発するに至る経緯

(一) 債務者会社においては、交替勤務者について休憩時間を設定したとしても、休憩時間内での債務者公団からの出動要請があり、実際出動せざるを得ない状況であり、また、巡回中に要処理事件が発生した場合には休憩時間になっても処理に従事せざるを得ない。その結果、交通管理部社員は、何時発生するかもしれない処理事案に常時対応するために拘束時間中常に待機せざるを得ない状況にあった。これら休憩時間中の事案発生への出動は、すべて交通管理部社員の好意により実施されていたものである。このような状況下において、債権者足立を含む交通管理部社員五名は、平成元年九月八日、債務者らを被告として休憩時間帯の待機就労に対する時間外未払賃金等請求事件の訴えを提起し、平成六年一一月二四日、債権者足立及び債務者らとの間で、左記内容の和解が成立した(以下「本件和解」という。)。

〈1〉 原告ら(本件債権者足立を含む交通管理部社員の五名の従業員をいう。以下同様であるので説明を省略する。)と被告会社(本件債務者会社をいう。以下同様なので説明を省略する。)は、被告会社交通管理隊隊員の休憩時間中に巡回出動依頼がある状況は労働基準法上好ましくないという点で双方の認識が一致していることを確認する。

〈2〉 被告会社は、前項記載の問題の可及的解消にむけて補勤体制確立を柱とする改善策を提案・実施することを被告会社の方針として確認し、この点については、原告足立及び同原告が加入する全日本港湾労働組合関西地方阪神支部(本件債権者支部である。)と本和解に引き続き必要に応じて協議することを確認する。

〈3〉 被告会社は、被告会社交通管理隊の勤務が、一日単位の輪番制を原則として、隊員間の公平に配慮した上で運用されるべきことを確認する。

〈4〉 被告会社は、平成七年一月一日以降原告足立に対して予め勤務時間割によって指定していた休憩の時刻に変更があった場合には一回の変更あたり金一〇〇〇円の手当を支給することを約束する。

〈5〉 被告会社は、原告らに対し、本件解決金として金一二五〇万円を平成六年一二月二〇日限り池田銀行梅田新道支店の弁護士伊賀興一名義の普通預金口座(口座番号〈略〉)に振り込んで支払う。

〈6〉 原告らは、被告会社に対し、その余の請求を放棄する。

〈7〉 原告らと被告会社との間には、被告会社従業員としての原告足立と被告会社との関係を除いて、本和解条項に定めるほか何らの債権債務のないことを確認する。

〈8〉 被告公団は、原告らに対し、原告らと被告会社との間に前項記載の和解が成立したことを確認する。

〈9〉 原告らは被告公団に対する訴えを取り下げ、被告公団はこれに同意する。

〈10〉 訴訟費用は、各自の負担とする。

(二) 右和解成立後、債権者支部及び同足立と債務者会社は、協議を重ね、平成七年一月一日から実施する予定の別紙3記載の勤務時間割(以下「本件時間割三」という。)を作成した。右時間割には、補勤体制を設け、運用方針を示す文書も公表するに至った(〈証拠略〉)。

その後、同月一七日に阪神大震災が発生し、その結果阪神高速道路も各所において甚大な被害を受けることになった。そのために、本件時間割三は、その効力を停止し、債務者会社は、同月一八日に交通管理部社員の昼勤一時間、夜勤四時間の休憩時間をすべて買い上げる措置を提案し、債権者支部及び同足立と協議して、右提案が実施されることになった。

その後、阪神高速道路が神戸線を除きほぼ復旧することになり、これを受けて、債務者会社は、堤田第一交通管理部部長(以下「堤田部長」という。)を通じて同年二月四日午後五時ころ、出勤してきた債権者足立に対し「現在は、交通管理業務も落ち着いてきたので、休憩時間が設置できる。」として本件時間割一を提示し、これまで、続けていた休憩時間の買い上げは停止する旨説明したが、休憩時間の確保に関する具体的手立てについての説明を求めた同人に対し、明確な回答をすることができないことから同人の同意を得ることができなかったが、債務者会社は、本件時間割一を予定どおり同月六日から実施すると説明したこと、さらに、債務者会社は、同月七日堤田部長を通じて、債権者足立に再度本件時間割一について、休憩時間を設定をするも休憩時間の確保のために補勤体制等の特別な措置は行わない旨説明した。債権者足立は、債務者会社の右説明について、休憩時間の確保は実際のところ困難な状況であるから、休憩時間の買い上げを続けること又はその半分ないし三分の一程度を支払うべきであると主張した。しかし、右主張は債務者会社の聞き入れるところではなく、債権者足立と債務者会社との話合はつかず、決裂に至った。その際、堤田部長は、債権者足立に対し、「債務者会社の提案に協力できないのであれば、西淀川にいってもらう。西淀川であれば、休憩時間が取れる。」旨の発言をおこなった。債務者会社は、同月九日、同月一〇日付の債権者足立を第二交通管理部に配属する旨の業務命令を発した(〈証拠略〉)。

その後、当時第二交通管理部が担当していた阪神高速道路阿波座分岐付近での緊急輸送車の優先通行の確保を目的とする臨時の規制業務について、債務者公団が警備会社に右業務の一部を依頼したことから、債務者会社の負担が軽減したので、補助体制を確保する目処がたったために、債務者会社は平成七年二月一一日付で平成七年一月一日付勤務時間割(本件時間割三)と同一内容の本件時間割二を施行することになった。

その後、債権者支部は、平成七年二月一〇日債務者会社に同月一三日に勤務体制の変更と債権者足立の配転命令について団体交渉を実施するよう申し入れたが、債務者会社の都合により団体交渉をすることができなかった。その後同月一四日債権者支部と債務者会社との間で交渉が行われた。しかし、債務者会社は、債権者足立に対する配転命令等に関する対応を変更しない旨回答した。

(三) このように債権者足立を含む債権者支部の組合員五名が債務者らを相手とする訴えの提起後、本件和解が成立するまでの間、債権者らと債務者会社との間では、休憩時間の取扱い等を巡り対立が継続していた。

債権者足立は分会長として、平成二年一一月三日、債務者会社に対し、休憩時間は休憩し、休憩時間内の債務者会社の出勤命令に一切応じない旨通告したところ、債務者会社は、交通管理部社員に対し、債務者会社でこれまで黙認されていた待機時間中の仮眠、入浴を禁じる旨の業務命令を発し、右命令に反する待機時間中に仮眠、入浴を行った社員に対し、就労時間内の不就労を理由に賃金控除を行った。そこで、債権者足立は、債権者支部の組合員一四名とともに平成二年債務者会社を相手に右業務命令の効力を停止する旨の仮処分命令を申立て、右仮処分命令手続き(以下「本件第一仮処分手続き」という。)の中で、平成三年一月三一日に、左記の内容の和解が成立した(〈証拠略〉)。

〈1〉 被申請人は、平成二年一一月三日付業務命令を本日付をもって撤回し、待機時間の就労については、当面別紙三(略)記載の「待機時間内の就労について」のとおりの扱いとする。

〈2〉 被申請人が待機時間の就労について今後右の扱いを改変しようとする場合は、事前に申請人らの所属する労働組合(阪神交通管理分会を指す)と協議する。

〈3〉 申請人らと被申請人は本和解をもって、本件仮処分申請事件を終了させることに合意する。

〈4〉 申請費用は各自の負担とする。

(四) 右和解の成立直後、債務者会社は、阪神交通管理分会との協議もなく、平成三年二月一日付勤務時間割及び同年三月一日付勤務時間割による業務命令を行ったことから、債権者足立は、債務者会社を相手に右勤務時間割に基づく業務命令に従い就労する義務のないことを仮に定める旨の仮処分命令の申立てを行い(以下「本件第二仮処分手続き」という。)、同年六月一七日右仮処分命令を得た(〈証拠略〉)。

(五) このように、債権者らと債務者らとの間では約六年にわたり勤務時間割に関する紛争が継続していた。その間、債権者支部に所属していた二〇名の組員(ママ)は、債務者会社との争い等に嫌気をさすなどして、債権者支部を脱会し、債権者足立一人が組合員となるに至った。

二  主張

債権者ら及び債務者らの主張の概要は、次の通りであるがその詳細は、業務命令効力停止等の仮処分申立書、答弁書及び各主張書面(なお、「準備書面」という名称の書面を含む。)のとおりであるから、これを引用する。

1  債権者支部

(一) 債務者公団の使用者性

債務者公団は、実際には、債務者会社との委託契約に基づき債務者会社を通じて、交通管理部社員の出動に関する指揮命令権を有しており、委託巡回計画実施表に基づき、交通管理部社員を就労、従事させていること、事案発生時になされる債務者公団から交通管理部社員に対する出動要請も同公団が優先順位を判断してなされるものであること、交通管理部社員は、債務者公団の貸与するパトロールカー等の機材を用いて、その作業秩序に従った作業に従事するものであり、勤務時間割についても、債務者公団の了解がなければ債務者会社と債権者らが話し合っても実現できるものではない。このように、債務者公団は、労働組合法七条の使用者にあたる。このことは、本件和解において、債務者公団が債権者足立と債務者会社間の和解がなされたことを確認していることから明白である。

(二) 団体交渉応諾義務

債権者支部は債務者らとの間の本件和解に基づき、債務者会社は債権者支部に対し、右和解上確認された債務者会社の労働基準法違反問題の改善に関する団体交渉の応諾義務を確定的に負っていること、また債務者公団は、債務者会社を通じて右事項について団体交渉応諾義務を負っている。しかるに、債務者会社は、債権者支部と事前に何ら協議することなく、突然平成七年二月四日債権者支部に対し本件時間割一を通告したものであり、その後も、債権者支部の再三にわたる団体交渉の申し出でにかかわらず、第一交通管理隊には債権者支部所属の組合員はいないとして、右団体交渉に一切応じない。

(三) 本件時間割一及び二の違法性

このように本件時間割一及び二は債権者支部との事前の団体交渉もなく、債務者会社が一方的に命令した違法な手続きによるものである。

また、本件時間割一の内容は、本件和解内容を潜脱するものであり、労働基準法違反の事実を解消するようなものではない。債務者会社が本件和解及びその後に債務者会社と債権者支部との間で設定された補勤体制を抜き去るものである。

(四) 保全の必要性

勤務時間割の改訂は、交通管理部社員の休憩時間の確保について重大な影響を与え、労働内容にかかわるものである。しかるに、債務者会社は、勤務時間割については団体交渉の対象ではないとして、債権者支部との交渉に応じようとはしない。このような、債務者会社の債権者支部に対する態度は債権者支部の団体交渉権を侵害するものであるばかりでなく、日々継続してなされる債務者会社の行動は、債権者支部の団結権そのものが侵害されている。

また、本件時間割一及び二をそのまま放置しておくことは、債務者会社の債権者支部の組合活動の無視という態度を放置し、団結権の確保のためには、右時間割の効力を停止しなければその実効性をあげることはできない。

2  債権者足立

(一) 配転命令権の濫用

債権者足立は、債務者会社から平成七年二月四日に本件時間割一を突然提示されたことについて異議を述べたところ、債務者会社は「右時間割に協力しないのであれば、西淀川(第二交通管理部)へ行ってもらうしかない」と突然配転をほのめかし、同月一〇日付で辞令を発した。債務者会社の右配転命令は、業務上の必要性もなく、人選の合理性もなく、債権者足立をそれまで勤務していた第一交通管理部(四ツ橋事業所)から勤務形態も時間帯も異なる第二交通管理部(西淀川事業所)に勤務を替えさせたものであり、債権者支部の唯一の構成員である債権者足立を第一交通管理部から排除させて、債権者支部の存在を否定し、消滅させるもので不当労働行為である。

さらに、第二交通管理部は第一交通管理部に比べ、時間外勤務、深夜勤務が減少し、その結果、月額において少なくとも金一万円、多い場合は金一万七〇〇〇円の減収につながる。

さらに、債務者会社は債権者足立に対する配転について債権者支部との団体交渉を行う義務があるのに団体交渉を行うことなく右配転命令を行ったものである。

(二) 賃金仮払い

債権者足立の平均賃金は平成七年三月時点で金三〇万一七九一円であり、債権者足立は同月分の賃金をカットされたために、金一一万九四三五円しか支給されなかった。また、債権者足立の平均賃金は同年四月時点では、金三一万一七九一円である。債権者足立は同月分の賃金をカットされたために金四万八二三二円しか支給されなかった。債権者足立の右損失の合計は金四四万五九一五円となる。債権者足立は同年五月以降金三一万一七九一円を支払われる予定である。

(三) 保全の必要性

債務者会社は、係争中であるにもかかわらず、債権者足立に対し、即刻第一交通管理部からの退去を求め、さらに、平成七年三月分以降の給与を本件配転命令以降の不就労を理由に賃金をカットしたものである。その結果、債権者足立は、平成七年三月分賃金の手取額金一一万九四三五円、同年四月分の賃金の手取額金四万八二三二円を受領したに過ぎず、妻及び子供二人との生計を維持することは極めて困難な状態である。

3  債務者公団

(一) 本案前の抗弁(使用者性)

債務者公団は、債務者会社の従業員と雇用契約を締結しているものではない。委託巡回計画実施表は債務者公団と債務者会社との間で確定した巡回計画の内容を債務者公団の大阪管理部管制センターに周知徹底させる目的で作成したものであり、債務者会社の交通管理部社員に対する個別の指示、命令をするためのものではない。債務者公団は同公団所有のパトロールカーを債務者会社に貸与しているが、道路交通法に基づいて道路管理用の緊急自動車として阪神高速道路を走行するには指定された車輌しか走行できないが債務者公団以外は右指定を受けることができないために、債務者公団が指定を受けた車輌を使って管理業務を行っているにすぎない。さらに、勤務時間割は、債務者会社が債務者公団との交通管理業務委託契約の内容の実現に支障のない限り自ら決定できるものである。

また、債務者公団は、本件和解において、債権者らに対する使用者としての立場で団体交渉の応諾義務を認めるものではない。

(二) 団体交渉応諾義務の仮処分の被保全権利性

団結権及び団体交渉権は憲法上の権利であるとしても、私法上の権利ではない。したがって、右団体交渉権を被保全債権とする仮処分命令の申立ては被保全権利を欠き、認められない。

4  債務者会社

(一) 団体交渉の応諾義務

債務者会社は、債権者足立の労働条件のみ団体交渉の応諾義務を負っているにすぎず、債権者支部が主張するような点については応諾義務はない。

債務者会社は債権者支部との団体交渉に応ずる準備をしているも、債権者支部が、債権者足立の第二交通管理部への配転命令を撤回しなければ団体交渉に応じないとしているために、団体交渉をすることができない状態になっている。

また、債権者らが求めている団体交渉の内容は既に必要性は消滅している。

さらに、債務者会社は債権者支部に対し、既に平成七年三月三一日、同年四月七日、同月一八日に団体交渉に応じている。

(二) 勤務時間割の性格

勤務時間割のうち、債務者会社が定めるものは、休憩時間であり定期巡回の時間は債務者公団が債務者会社との委託契約に基づき債務者会社に一方的に決定するものである。したがって、勤務時間割という名の書類に定期巡回の時間の記載がなされていたとしても、その記載部分は債務者会社の就業規則の内容となるものではない。

債務者会社は、休憩時間を除いた全拘束時間についてその従業員をして巡回等の実作業を指示して就労させる権利を有するものであり、この点については、債権者支部と話し合う必要はない。

債務者会社は、就労規(ママ)則により、休憩時間の時刻を固定化せずに、債務者会社が一方的に作成する勤務時間割により決定すると規定しているものである。さらに、債務者会社は、勤務時間割により休憩時間の時刻を変更し、これにより交通管理部社員を就労させる私法上の権利を有している。したがって、債務者会社は右勤務時間割の変更については労働者の意見を聞く必要はない。本件和解により、債務(ママ)者支部との協議を認めたのは、右勤務時間割の変更について無用なトラブルを裂けるべく可及的に債権者支部の意見を事前に聴取することにしたものであり、このことから、債務者会社は、債権者支部に対し新たに団体交渉の応諾義務を認めたものではない。

ましてや、債務者会社は補勤体制を取ることを債権者らに対する義務として認めたものではない。

(三) 本件時間割一について

平成七年一月一七日に阪神大震災が発生し、阪神高速道路は全面通告止めとなり、債務者会社は出勤していた交通管理部社員に対し、全時間帯での待機を特別に指示し、これに対応して拘束全時間について賃金を支払うことにした。その後、右勤務態様は好ましくないことから、とりあえず休憩時間を指定することを同年二月三日に決定し、同月六日実施ということで債権者支部の分会長である債権者足立に了解を求めることにした。その後、債務者会社は、同月七日に債権者足立との間で再度協議をしたが結局意見が合わなかった。右のような手続きを踏まえて、債務者会社は本件時間割一を平成七年二月六日に実施したものである。したがって、右実施については、なんら手続上の違法はない。

(四) 本件時間割二について

その後、債務者公団が第二交通管理部所属の社員に担当させていた阪神高速道路阿波座分岐付近の交通整理を新規に依頼した警備会社に担当させることになったために、債務者会社は、交通管理部の勤務が本来の形態に近づいたことから、本件時間割二を実施させたものである。その結果、本件時間割一は失効したものである。

(五) 第一交通管理部と第二交通管理部との勤務内容の同一性

債務者会社は交通管理部社員を雇用する際に、第一交通管理部と第二交通管理部とを区別して採用しているものではない。

第一交通管理部と第二交通管理部とはその業務内容に差異はない。ともに、交通管理業務を行うものであり、第一交通管理部は主として機動業務を行い、第二交通管理部は、主として取締業務を行うものである。ただし、第一交通管理部においても警察の暴走族取締りを援助するという取締業務を行っている。

また、両者が勤務場所において近接しているし、両者の交通管理業務の担当区域も共通する。さらに労働条件も共通している。

三  争点

1  本案前の争点

(一) 債務者公団は、使用者であるのか否か(争点1)。

(二) 団体交渉の応諾義務を求める仮処分の適否(争点2)。

(以上申立て一に関する。)

2  債務者らの債権者支部に対する平成六年一一月二四日の和解に基づく団体交渉の応諾義務の有無(争点3、申立一に関する。)

3(一)  債務者会社の本件時間割一及び本件時間割二が違法か否か(争点4)。

(二)  本件時間割一は本件時間割二により失効したものであるか否か(争点5)

(以上申立て四に関する。)。

4  債務者会社の債権者足立に対する配転命令は適法であるのか否か。違法であるとした場合に保全の必要性があるのか否か(争点6、申立て二に関する。)。

5  債務者会社は、債権者足立に対し金員を仮に支払うべき保全の必要性があるのか否か(争点7、申立て三に関する。)。

第三争点に対する判断

一  争点1(使用者性)について

1  労働組合法七条にいう使用者とは、雇用契約上の使用者のみならず、雇用主以外であっても、雇用主から労働者の派遣を受けて自己の業務に従事させ、その労働者の基本的な労働条件等について、雇用主と部分的とはいえ同視できる程度に現実的かつ具体的に支配、決定することができる地位にあるものは、その限りにおいて使用者に当たると解するのが相当である(最高裁平成七年二月二八日第三小法廷判決・労働判例六六八号一一頁)。

2  これを本件について検討するに、債権者支部の組合員である債権者足立は債務者公団との間に雇用契約はない。債務者公団は、債務者会社に対し、阪神高速道路の交通管理業務を委託している(争いのない事実)。

争いのない事実、疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、債務者公団は、右委託契約に基づき委託巡回計画実施表を作成し右高速道路の巡回時間を指定し、事故が発生した場合には、第一交通管理部に対し、直接出動の要請をなし、債務者会社の交通管理部社員は、債務者公団との委託契約に基づき債務者公団の車両を使って巡回等を行っている。しかしながら、右巡回計画実施表は、債務者公団の大阪管理部管制センターに周知徹底させる目的から債務者公団大阪管理交通課が作成した内部文書である。債務者公団の債務者会社への巡回及び出動の要請はあくまで、債務者会社に対するものであり、債務者会社の交通管理部社員への指揮命令を行うものではない。交通管理部社員への指揮命令は、あくまで債務者会社が実施するものであることが一応認められる。

債権者らは、債務者公団が債務者会社の交通管理部社員に対し、直接指示命令するものである旨主張するが、右事実を認めるに足りる疎明資料はない。

また債権者支部は、債務者会社が作成する勤務時間割に出動時間を組込んであり、右出動時間は債務者公団の指示の基になされるものであるから、債務者会社と債権者らが勤務内容を具体的に話し合っても債務者公団の協力がなければ勤務内容を決めることはできないのであるから、債務者公団に使用者性を認めるべきであると主張するが、右事実のとおり、債務者公団の債務者会社への巡回時間の指定は、あくまで債務者会社への委託契約内容であって、そのことにより事実上債務者会社の交通管理部社員の就労内容が規定されるとしても、そのことから直ちに、債務者公団に使用者性を認めることはできない。

二  争点2(団体交渉応諾義務)について

1  団体交渉の応諾義務について、債務者公団は、仮処分命令における被保全権利とはならない旨主張する。しかしながら、労働組合法一条一項等に示される団体交渉の性質、同法七条の規定に反する法律行為の効力、同法六条及び二七条等の関連規定や労働委員会規則三五条及び四〇条に規定する審問手続きの当事者構造、更に労働組合法と憲法二八条との密接な関係を総合的に考慮すると、労働組合法七条の規定は、単に労働委員会における不当労働行為救済命令を発するための要件を定めたものであるにとどまらず、労働組合と使用者との間でも私法上の効力を有するもの、すなわち、労働組合が使用者に対して団体交渉を求める法律上の地位を有し、使用者はこれに応じるべき法律上の義務を有することを意味するものであると解するべきであり、団体交渉を巡る労働組合と使用者間の関係は、右の限りにおいて一種の私法上の法律関係であるというべきである(参照最高裁平成三年四月二三日第三小法廷判決・労働判例五八九号六頁)。このことは、使用者と労働組合との間で団体交渉をする旨の合意のある場合はなおさら私法上の効力を有するものであるのは当然である。

2  しかしながら、団体交渉の応諾義務の存在の確認を越えて具体的に団体交渉請求権を認めることは、決定により確定される債務者会社すなわち使用者に要求される給付の内容が労働者側の態度やその時々の具体的状況により左右される相対的流動的なものであり、主観的な要素を抜き去ることはできないものであって、極めて不明確、不確定なものであり、団体交渉の履行を法律上強制することはできないこと、仮に、法律上強制したところで、果たして実効性を確保できるのかはなはだ疑問であるといわなければならない。さらに仮に間接強制が可能であるとしても、その前提として使用者が誠実に交渉したか否かは、それまでの労使関係の交渉全体の流れ及び当事者双方の態度等も勘案考慮して判断せざるを得ず、不履行があったか否かの判断が極めて困難である。このような不明確・不特定な内容でありかつ実現不可能な仮処分を発令することは権利関係を保護する仮処分制度から許されないものであるといわなければならない。

3  以上のとおり、争点3について判断するもので(ママ)なく債権者支部の債務者らに対する団体交渉の応諾義務を求める仮処分命令の申立ては不適法であるとして却下を免れない。

三  争点4及び5(本件時間割一及び二の違法性)について

1  本件時間割一については、前記第二の一の2(二)で判断しているとおり、債務者会社が平成七年二月一一日に本件時間割二を実施したことにより、失効したものと解するのが相当である。

2  次に本件時間割二について判断する。

(一) 債権者らは、本件時間割二は債権者支部との事前協議を義務付けられているにもかかわらず、右義務を履行することなく債務者会社において一方的に決定し、実施したものであり、手続的に違法である旨主張する。そこで、勤務時間割の変更に際して債務者会社は債権者支部との事前協議をする義務を負っているか否かについて判断する。

前記第二の一の2の事実及び審尋の全趣旨によれば、債権者らと債務者会社との間ではこれまで六年間にわたり第一交通管理部の勤務時間割を巡り厳しく対立していた。すなわち、当時債務者会社の第一交通管理部において、定期巡回以外に休憩時間中に交通事故等の処理事案が発生した場合には社員に対し出動の要請をなし、社員はやむなく出動していたことや、定期巡回中に事故等の処理事案が発生した場合には、休憩時間になっても就労しなければならない状況から休憩時間中といえども常に待機しておかなければならない状況下におかれていた。そこで債権者支部内において休憩時間の確保が問題となっていた。本件第一仮処分手続きにおいて、債権者足立は、従前の休憩時間の交通管理部社員の出動がなされたことから、実質的に待機時間を休憩時間として利用するような状態が存在していたため、債務者会社からの待機時間中の業務命令の違法性を改善させるべく、休憩時間中の出動要請の業務命令に従わないことを宣言し、その結果、債務者会社から待機時間中の仮眠及び入浴を禁止されたために、その業務命令の効力を争ったものであり、右仮処分において、債権者足立らと債務者会社とは、夜勤勤務者の待機時間中深夜時間帯における仮眠及び待機時間中の入浴の許可に関する和解を行い、右和解により、債務者会社は、債権者支部に対し、右待機時間における仮眠及び待機時間中の入浴の許可に関することについてその取り扱いの変更については団体交渉の対象になることを認めた。また、本件第二仮処分手続きにおいては、裁判所は、その決定の理由中において、債務者会社が就業規則で休憩時間の開始及び終了時刻を具体的に定めず、これを債務者会社の個別的な業務命令たる勤務時間割に委ねたことについて一定の合理性を認めるも、休憩時間の設定が一般に労働条件に与える影響が少なくないというべきであるとして、業務命令の開始及び終了時刻を変更することは決して使用者の裁量に委ねられるものではない旨、債務者会社の勤務時間割の変更がそれまでの労使間の紛争における第一仮処分手続きにおける和解による信頼関係形成を破壊するものというほかない旨、さらに右債務者会社の行為が結果的に第一仮処分手続きの和解を部分的に潜脱するものといえなくもなく、債務者会社の主観的意図はともかくその不誠実性を顕著に示すものというほかない旨判示し、債務者会社は業務命令権を濫用した場合に該当するとして、無効であると結論づけている。

その後、債権者足立と債務者会社との間では平成六年一一月二四日に本件和解が成立し、右和解によれば、

〈1〉 原告ら(債権者足立を含む債務者会社の五名の従業員をいう。)と被告会社(本件債務者会社)は、被告会社交通管理隊隊員の休憩時間中に巡回出動依頼がある状況は労働基準法上好ましくないという点で双方の認識が一致していることを確認する。

〈2〉 被告会社は、前項記載の問題の可及的解消にむけて補勤体制確立を柱とする改善策を提案・実施することを被告会社の方針として確認し、この点については、原告足立及び同原告が加入する全日本港湾労働組合関西地方阪神支部(本件債権者支部である。)と本和解に引き続き必要に応じて協議することを確認する。

との合意がなされたものであることが一応認められる。

以上の事実のとおり、このような勤務内容の変更の内容いかんによっては休憩時間の利用にも影響を及ぼす恐れが十分予測できること、債務者会社がこれまで勤務時間中の就労内容については自由に変更することができ、休憩時間の変更も自由にできる旨主張しつづけていたことから、債権者らは休憩時間の取扱いについて債務者会社との協議を求めてきたものである。そして補勤体制の確立は債務者会社の交通管理部社員の休憩時間を確保する上で重要な役割を有しているものとして債権者ら及び債務者会社間で認識されたものであり、本件和解においてわざわざこの点について和解条項として掲げたものである。以上の債権者らと債務者会社との労使紛争の経過及び本件和解条項の文言からすれば、本件和解により債務者会社に対し、補勤体制確保を柱とする改善策を提案実施することを義務づけているものであり、この点について債権者支部との協議を法律上義務づけているものと解する。

債務者会社は、本件和解によって団体交渉の応諾義務を新たに認めるものではない旨主張するが右主張は独自の見解であって採用することができない。

(二) 債務者会社が債権者支部と本件時間割二について協議したことを認めるに足りる疎明資料はない。

なお、債務者会社は、本件時間割二について平成七年二月一四日及び同月一五日に債務者会社に債権者らが抗議をした際に債務者会社松吉総務部長から説明済みであると主張するも、仮に債務者会社が主張するように右説明がなされたとしてもそのような説明は、前記(一)で認定した債権者支部との協議がなされたものと認めるに足りる対応とはいえない。

3  そこで、保全の必要性について検討する。

本件申立て四は業務命令の無効確認請求を本案とする仮の地位を定める仮処分の申立てであるから、債権者らにおいて本案を待っていては回復することのできない重大な損害が生ずる場合に限り発令が許されるものである。

債権者らは、訴訟上の和解で協議が約束された交通管理部の勤務における労働基準法違反の状態について、このまま団体交渉もなされずに債務者公団と債務者会社の強攻策が容認されるならば、組合組織の公然たる破壊を許すばかりでなく、裁判所における和解という公秩序をも平然と否定、無視することを許すことになるとして右仮処分命令の必要性を主張するが、そのような不利益は、右業務命令の効力を仮に停止すべき保全の必要性を基礎付けるものとはいえない。また、本件時間割二は、債権者支部と債務者会社との間で協議して作成された本件時間割三と同一の内容であることは当事者間に争いがない。右勤務時間割は補勤体制を確立したものであり、債務者会社において休憩時間内の交通管理部社員の出動要請を回避するよう措置したものであり、これまで、債権者らと債務者会社との長年に渡る休憩時間を巡る紛争を解消する内容である。したがって、右時間割の実施は債権者足立にとって特段の不利益を受けるものではないので、保全の必要性は認められない。

四  争点6(本件配転命令の違法性)について

1  債権者足立は、債務者会社の平成七年二月一〇日付本件配転命令は権利の濫用であって無効である旨主張するので、この点について判断する。

疎明資料によれば、債務者会社においては就業規則に配転について規定がない(〈証拠略〉)。前記第二の一の1(三)の事実のとおり、債権(ママ)者会社の交通管理業務には、管制業務、機動業務及び取締業務がある。第一交通管理部は、債務者公団の四ツ橋交通管理所内に、第二交通管理部は、同公団の西淀川交通管理所内にそれぞれ配属され交通管理業務に従事している。第一交通管理部は、巡回と規制業務を、第二交通管理部は、巡回と過積載車の取締りを担当している。巡回は、阪神高速道路環状線、同池田線、同守口線、同東大阪線、同松原線、同堺線、同大阪港線、同西大阪線及び同神戸線の大阪側を行っている(〈証拠略〉)。両管理部の業務内容には差異を認めることができるものの実質的な差は認められない。交通管理部社員は雇用の際、規制業務及び機動業務(巡回業務・事務処理業務及び事故処理)及び第一交通管理部が担当している暴走族対策について説明を受けているものであり、特に第一交通管理部ないし第二交通管理部とに区別して所属する旨の説明を受けているものではない(〈証拠略〉)。第一交通管理部と第二交通管理部はともに同一の就業規則が適用されている(〈証拠略〉)。

したがって、債権者足立と債務者会社との間の雇用契約において特段事業所の指定など存在しない。しかしながら、債権者足立は、前記第二の一の2及び第三の三の2で認定したとおり、債務者会社が平成七年二月四日に債権者足立に対し、本件時間割一を提示し、その業務命令に従う旨指示をしたところ、債権者足立は右時間割について疑義を述べ、債務者会社に説明を求めたところ、債務者会社から明確な回答もなく、同月七日において再度債務者会社が債権者足立に対し本件時間割一への協力を求めたところ、債権者足立がさらに右時間割について説明を求めたことから、債務者会社において債権者足立の本件時間割一への協力を得ることができないと判断し、債権者足立に対し、第二交通管理部への配転を示唆し、第二交通管理部であれば、休憩時間内の就業の問題がない旨発言したこと、債務者会社は、本件和解によっても補勤体制確立に関して債権者支部と協議する必要はない旨の独自の見解に立ち、債権者足立の右抗議は、理由がないものとして、その後同月一〇日付で本件配転命令を行ったものであること、その結果第一交通管理部に所属する債権者支部の組合員が存在しないことになったこと、債務者会社は、その後本件仮処分手続きにおいて、債権者支部に対し、債権者足立の労働条件について話合う準備があるが、それ以外については債権者支部と話合うことはない旨述べていること、過去において債務者会社は債権者支部からの第二交通管理部の労働条件に関する協議の申出に対し、右管理部には債権者支部の組合員が存在しないことから債権者支部との協議を許否したこと(〈証拠略〉)が一応認められる。

ところで、使用者は業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるものであるが、これを濫用することが許されないことはいうまでもなく、当該配置転換命令につき業務上の必要性が存在しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該配置転換命令が他の不当な動機、目的をもってなされたものであるとき、若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるときなど特段の事情の存する場合は権利濫用として無効になるというべきである(参照、最高裁昭和六一年七月一四日第二小法廷判決、判例時報一一九八号一四九ページ)。

この点本件についてみるに、前記事実のとおり、債務者会社の債権者足立に対する本件配転命令は、本件時間割一に関する紛糾を回避する目的で債権者足立を第一交通管理部から引き離すことを意図してなされたものである。すなわち、不当労働行為であることが明白であるので、債務者会社の本件配転命令は権利の濫用として無効であると一応いえる。

2  そこで、保全の必要性について判断するに、前記認定のとおり債務者会社の第一交通管理部と第二交通管理部との業務内容についてはさしたる相違があるわけではない。しかしながら、債権者足立は、無効な本件配転命令により、精神的苦痛を受けることは想像に難くなく、結局本件仮処分命令を認めないことは債権者足立に対し、義務のないことを強いる結果となる。さらに、債権者足立が債権者支部の唯一の組合員であり分会長であるが、同人が第二交通管理部に配転されることにより、債務者会社のこれまでの態度からは、第一交通管理部における組合活動を侵害することにもなる。以上の結果、保全の必要性が肯定できる。

五  争点7(金員の仮払いの適否)について

1  前記四に判示しているとおり、債務者会社の債権者足立に対する配転命令は無効であり、仮の地位を定める仮処分は理由があるとして認めたものであること、債権者足立と債務者会社との間には雇用関係が継続しており、債務者会社は、本件審尋期日において右仮処分命令が発令された場合には、債権者足立に対し、賃金を支払う旨述べており、右仮処分命令は任意の履行が予想され、本件仮処分命令の発令以後においては、さらに債務者会社に対し債権者足立に対する賃金の金員の支払いを仮に認めるべき必要性はない。

2  なお、債権者足立は、平成七年三月及び四月分の過去の給与のカット分の支払いを求めているのでこの点について検討する。

(一) 疎明資料(〈証拠略〉)によれば、債権者足立は、債務者会社から業務命令違反を理由に平成七年二月一日から同月二八日までの賃金金七万三五五六円、同年三月一日から同月一五日までの賃金金七万六一四四円、同月一六日から同月三一日までの賃金金一〇万四六九八円、同年四月一日から同月一〇日までの賃金金六万九六五七円合計金三二万四〇五五円をカットして支払われていること、右支払われた賃金は、平成七年三月分金一一万九四三五円、同年四月分金四万八三二三円であることが一応認められる。債務者会社の本件配転命令は無効であることから、債権者足立の第二交通管理部への就労義務がなく、同人の債務者会社の右業務命令違反を理由とする債権者足立に対する右賃金カットは理由がない。

(二) なお、債権者足立は、平均給与金額から実際に支払われた賃金を控除した金額を仮に支払うことを求めているが、債権者足立の右主張に基づいて支払いを命ずることは、健康保険料等給与から控除されて既に債務者会社により公的機関等に支払われている分について再度債務者会社に支払うことを命ずることになり、相当でない。さらに債権者足立が主張する平均賃金には、時間外手当等が含まれていることからこの部分をも債務者会社に支払いを命ずることは相当でない。したがって、債権者足立の右金員の仮払仮処分命令の申立ては、実際にカットされた賃金部分を支払うことを命ずる範囲において理由がある。

(三) 次に疎明資料(〈証拠略〉)によれば、債権者足立は妻と子(小学校三年生及び幼稚園児)を扶養していること、債務者会社からの平成七年三月及び同年四月に支給された金額は、合計金一六万七七五八円に過ぎなかったこと、そのために、債権者足立は債権者支部から金五〇万円を借り入れて生活に当てていること、右借入金については返済すべきことが一応認められる。したがって保全の必要性が認められる。

六  以上の次第で、債権者足立の本件仮処分の申立ては、主文掲記の限度で理由があるから、事案の性質上債権者足立に担保を立てさせないで、右の限度でこれを認容し、その余及び債権者支部の本件仮処分の申立ては理由がないからこれを却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 山口芳子)

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